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2010年1月18日 (月)

1月17日

早いものであの日から15年。

あれから何年? は、3月生まれの上の子の歳と同じ年月なんだと今さら気づく今日この頃。

年月とともに人も入れ替わり、

すでに神戸市民の3分の1はあの日を体験していない人なのだそうだ。

すぐに実家に避難したので、生活の不便さは経験しなかったけれど、

ライフラインが止まっても、なんとかなる なんとかしよう と思える術は日頃のキャンプ生活で多少は身についただろうか?

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コメント

 あの日は、朝起きてテレビを付けてビックリしました。前勤務先に大阪営業所があったので、みんなでお金を集めて送ったっけ。

 いつどこで起きるか判らない地震ですけど、私の場合も、水さえ確保できれば、何とかなるかな?って思っています。

 ただ、テントなど一切合切が実家に置いてあるので、まず、それを取りに行かないとなりませんけど。(歩いても1時間足らずですが)

あの日も関東圏に住み関東圏に勤務していました。
朝、同僚が「大阪で大きな地震があったみたいだぞ」と言われて実家(当時は独身)に電話すると一発で親が出て無事を確かめました。一発で電話がかかったのでたいしたことないと思っていたら、TVで伊丹駅に沈む阪急電車や焦土となった神戸が映り・・・それからあわてて家に電話すると、何度試しても繋がりませんでした。

友人や親類縁者が何名か亡くなりました。
「ルミナリエ」が観光イベントに堕落したことを哀しく思いますし、「ルミナリエ」を客寄せイベントと見て猿真似した「東京ミレナリオ」など論外でしょう。

今改めて合掌。

>うんちくさん、海の向こうへの出張お疲れ様です。

今でこそワンセグもありますが、電気が止まると映像での情報がなくなります。 実家でテレビを見てビックリ。
日頃いかにテレビからの情報に頼っているのか改めて思い知りました。

私自身は当時もライフラインが止まってすぐうろたえるようなことはなかったのですが、たぶん今ならもっと心構えが違うだろうなと思います。

ライフラインがなくても、どこででも生活できる術は、ある意味財産ですね。

スカ○トたちもたぶん今はわからないでしょうけど、河原とかうんちゃら広場とかでキャンプしてきたことが役立てられればいいのだけど。

15年かぁ。
早いですねぇ。
ハイチの地震も気の毒ですねぇ。
地震は阻止できないですから、万一の場合の備えと心構えは必要ですね。
(私は出来ているのか、心の準備?)

>星のおじ様

あの頃も関東勤務だったのですね。
あの日、朝一番は電話も通じ、夫は上司からの電話で会社に出かけて行きました。(当時は堺の営業所勤務)

…が、しばらくして、「駅がない」と帰ってきました。

とりあえず、伊丹の本社に顔出して、帰りにコンビニに寄ったら、すでに水も食べ物もなく、「オレオしか確保できなかった」と。


当時住んでた社宅にはたいした被害はなかったけど、お腹も大きいので私は実家に避難。  

実家に行く前に、近所なので、Vの字に落ちた阪急電車と倒壊した阪急伊丹駅は見てきました。

その後、テレビで見た神戸の惨状には言葉がなかったけど…。

>11月のキロさん

早いような長いような15年ですね。
天災も人災も? 何かあった時に対応できる準備は、心構えだけでもしておきたいですね。


ハイチの地震、少しずつ情報が入ってきますが、かなりたいへんそうですねぇ。

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