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2015年8月30日 (日)

パリ・ブレスト・パリ 2015  その5 走行編1 

長かったこと、しんどかったこと、楽しかったこと、最後は幻覚でたいへんだったこと 走行中の記憶が混沌としすぎてちゃんと思い出せないし、時系列が入れ替わっているものもあるかもしれないのですが、覚えている限りで。。



写真から追えればいいのだが、スマホとデジカメの日時設定がズレているようで、撮ってきた写真が時系列に並ばないので、もうわけわかんない。





コースはサンカンタンをスタートし、ブレストまで行って折り返し、サンカンタンへ戻ってくる1230km。 

2015pbp  ←クリックで拡大します。

どなたかのルートラボから画像を拝借しました。



90時間・84時間・80時間のカテゴリーがあり、タンデムやリカンベントなどのスペシャルバイクも走る。



スタート前にようさんが教えてくれた地元紙に載った情報によると、約6000人の参加者のうち、外国人は2106人。ドイツ(465人)、米国(425人)、英国(347人)、イタリア(173人)、(スペイン(205人)、日本(173人)だそうだ。


日本人は200人超って聞いてたんだけど…。 そのうち亀太郎は12人参加なので、日本人の約6~7パーセントは亀太郎らしい。


※日本人参加者は全部で216名だそうです。 9/7追記





<8月16日(日)~8月20日(木)>


スタートの18:15はまだまだ明るい。 暗くなるのは21時を過ぎてからなので、しばらくは明るい中で走ることができる。



スタート直後は交通規制をしてくれているので、交差点も止まらず集団のまま走りぬける。



記憶違いでなければ、スタートしばらくして翌朝制限時間84時間でスタートするHideさんの応援を受けたような…。




遅いので、そのうち周りは15分後スタートのJグループが多くなってきたり…。



あっちでもこっちでも沿道のお家の前では住人が応援してくれているのが素直に嬉しい♪



スタートしてずいぶんたった頃には、沿道の私設エイドもちらほらと。

Pbp2015_87

ルールではブルベ中はPC以外で支援を受けてはいけないことになっているはずだが、PBPはお祭りなので関係ないようだ。



70kmを過ぎたくらいだったかな? まだ薄明かりが少しだけ残る頃、路面状態が変わったとたん パンっ という音と共に前輪がパンク。

げげっ? 慌ててそばにあった街灯の明かりの下へ。

ちょっとご年配のご夫婦が応援してくれているお宅の前だったので、パンク修理中、そこんちのおじ様が心配してずーっとついていてくれる。



英語で「なんか手伝えることはないか?」 と言ってくれるのだが、手伝ったもらうほどのことは…。


それでもハンドル支えてくれたり、いろいろ話しかけてくれる。フランス語わかんないけど(^_^;)


「なんか手伝えることないか?」 と聞いてくれるたびに、「トイレ貸して欲しい」 と言ってみるのだがなかなか通じず。 フランス語でトイレってなんて言うんだっけ?



パンク修理が終わった所で、やっとトイレ貸して欲しいことが伝わったようで、お宅にお邪魔してトイレをお借りする。

パンクしたチューブはお宅の前のゴミ箱に捨てさせていただき、ホントに助かる。ありがとうございました。



再び走り出した頃に周りにいたのはNとかOとかPの集団になっていたかな? 大幅に遅れたけど仕方ない。


途中でユメさんのダンナさんのワカボンさんとは何度も行きあう。


ほぼ140km地点の最初の補給ポイント(往路はサービスのみ)のモルターニュ・オ・ペルシュ(MONTAGNE-AU-PERCHE)にやっと到着。 ここの区間が一番長い。  
ん?飲み物と食べ物ってサンドイッチだけ?

Pbp2015_88

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最初の140kmは長すぎだが、コントロールの区間がだいたい80kmくらい離れていて長すぎる。日本のブルベでも40~50kmに一回はコンビニに寄りたいのに、途中でなんか補給しないともたないよ~。


でもフランスの田舎には路上自販機やコンビニは存在しない。。(自販機はパリでも駅でしか見かけないし、24時間営業のコンビニなんてあるの?)



途中でフロントバッグの補給食(チョコ味バー)をパクっと。
割れていて、3分の1ほどの欠片が落ちたので、3秒ルールで パク っと口に咥えたら…




   …石ころだったよ。。orz




220km地点、最初のコントロール ヴィランヌ・ラ・ジュエル(VILLAINES-LA-JUHEL)
 

Pbp2015_91

ここもパンしかなかったんだっけ?

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コロッと転がって寝るよっしーの横でちょっとだけ横になっていたような記憶があるのだが…。

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コントロールを出たら夜がすっかり明けていて、朝靄に浮かぶ教会がすごくキレイだった。

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ここからしばらく朝靄の中を走る。 もやっていて先が見通せなくて、フランスってこんなに朝靄すごいのかと思ったものだが、今回後にも先にも朝靄が出たのはここだけだった。


キツイ登りはないのだが、ずーっとアップダウンが続く、そんなに難しいコースではないと思うのだが、なんかとにかくツライ。全コース中、一番の峠?でも300mほどの丘しかないなずなのだが、1230kmで獲得標高は10000mを超える …ということは、ずーっとアップダウンばかりなのだ。


登りが遅いのはとーってもハンデになってしまう。


ダンシング…というより、私の場合は立ち漕ぎとしか言えないが、苦手なので、いつも登りはシッティングばかり。 だが、さすがにそれではいつまでたっても進まないので、今回は立ち漕ぎの練習をすることに。


ママチャリでは立ち漕ぎできるし、通勤で毎日立ち漕ぎ区間もあるのだけれど、ロードになるとなんかできなくて。。。



ギアを軽くして、軽くして、いよいよ後がなくなってから立ち漕ぎしようとすると、スコンスコンと抜けてしまって、全然トルクがかからないので、いつも立ち漕ぎをしそびれたまま。 


ギアを重くすればいいのだと頭ではわかっているのだが、タイミングがうまくつかめず、いつまでも立ち漕ぎ苦手なままできたけれど、1230kmもアップダウン続きなのだから、ここで練習しない手はないだろう。




もう亀太郎の旦那さんに裏切り者って言われてもいいから速く坂が登れるようになりたい。





どこからだったか往路の途中からフロントが勝手にインナーに落ちるようになって、そのたびに「もぉぉっ!!」って言いながらアウターに上げる作業付き。





道中の道端には自転車オブジェがいっぱいあって楽しい。

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とても全部は撮り切れない。




放牧中の牛の横で止まっていたら、一頭がこっち向いて歩きだし、それに続いて他の牛もぞろぞろやってきた。 柵から出てこないとは思うけど、ある意味威圧感があって怖いかも。

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道はずーっとこんな感じ

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309km地点、次のコントロール フジェール(FOUGERES)

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よっしー、すーさんと一緒になり、久しぶりにちゃんとごはん♪

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どれがどの記憶だか定かではないが、道中はまるで絵葉書のような石造りの街並みがキレイでお花いっぱいのお宅もいっぱいあって、とても素敵な景色を堪能しまくりながら走った。


話に聞いていた通り、それぞれの街には立派な教会があり、教会を中心に街が構成されている感じで、街を出れば牧草地と飼料のとうもろこし畑が広がる。

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363km地点 タンテニアック(TINTENIAC) 

あまり記憶にないのだが、ここで誰かがHideさんに会ったとかいう話を聞いたような…。 


90時間がスタートした翌朝スタートだったはずだが、さすが84時間コースは速いなぁ と思った気がする。




448kmルディアック(LOUDEAC)

スタンプ時間が22:17になっているから ここでは2時間半くらい貯金があったんだな。。

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コントロール内の屋台で2つガレットを買って、ひとつは背中に入れて走ろうと思ったら、ソーセージの香辛料がキツくて胃によろしくなさそうだったので、半分たべて、もうひとつもごめんなさいしたんだっけ。 

食べてる時、よっしーとすーさんと一緒だったような。。

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ドロップバッグからバッテリーだけ入れ替えて、寒いから着替えもシャワーもやめて、仮眠所も込み合っているからすっとばしてリスタート。




493km サンニコラ(Saint-Nicolas-du-Pelem)がシークレットになっていて、ついでに休憩。

トイレでヤバイことに気付く。お尻拭きすぎて痔になったのかと思っていたが、どうやら生理が始まったらしい。 そろそろ終了のお年頃だというのに、よりにもよってこんな時にぶつけてくるとはハプニングの神の差配には全く恐れ入る。
そりゃまぁ一応念のための用意はあるにはあるが、圧倒的に足りないけど、そこはなんとかするしかなさそうだ。

ここでポンちゃんに会ったように思うのだが…。




ルディアックを出た後からTさんと一緒に走るようになったんだったかな? (どこから一緒だったのかいまいち記憶が定かではないが…。)

道端で一緒に横になったりしつつ、私の眠くてフラフラ状態を心配して一緒にいてくれる。

「後から車来た~!!」

「左寄りすぎ!! センターライン!!!」

「前からトラック!!!!」

後ろからたびたび声がかかる。

眠くてフラフラ走行を見かけた人は数知れないと思うが、あの状態につきあってくれたのは、橋の横から落ちた時のとりさん以来2人目だ。


『眠くてフラフラの時は置いていくに限る』(片方が眠くて走れない時は無理に一緒に走ろうとしないのがお互いのため。置いていけば回復するまで寝てまた走れる。)
という結論を伝えなかったばっかりに、一緒に過ごしてくれることになりたいへんご迷惑をかけてしまった。 感謝と共にたいへん申し訳ない気持ちでいっぱい。


(正直言うと、眠くてフラフラ区間が折り返しのブレストより前だったのか後だったのか記憶が定かではないのだが、次のコントロール到着が異常に遅くなっているのでたぶんこの区間だったのではないかと思われる。)




526km地点、カレ(CARHAIX-PLOGUER)

もう全然記憶にないのだが、クローズ06:48に対してスタンプ時間が08:05になっているから、眠くて進まなかったせいだろう。 途中のPCの時間を過ぎても最終的に90時間に間に合わせてゴールすればいいとかいう噂もあるので、このあたりから時間気にしていなかったかも。 

日本のブルベでも貯金をマイナスにしてしまったら取り戻せないのに、借金を返せるわけがないと思うのだが、頭がサッパリ働かず、とにかく90時間でゴールする という思い込みしかなかったかも。




途中の丘でブレストからの折り返し組とすれ違う。 その中には知り合いが何人もいたような…。

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614km ブレスト(BREST) 折り返し

半分来たよ~。

前のコントロールかどこかでアイウエアを落としてきたようで、残りのコース半分以上を裸眼のまま走る羽目に。

トップチューブバッグじゃなくて、フロントバッグに入れればよかった。。




ブレストの街に入るところで橋の写真を1枚。

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スタンプ時間が15:11なので2時間弱のマイナスだけど…。

久しぶりにちゃんとごはん。

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サラダに刺したら、フォークが折れたよ。

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食堂で会ったワカボンさんはここでDNFして電車で帰るって言ってたっけ。


なんか旗をもらったのでサドルバッグに差して走ることにする。

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※2024年のオリンピック招致にパリが立候補していて、決まればセーリング部門をブレストで ってことらしい?  9/7追記




Tさんが待っていてくれたので、また一緒に走り出す。












つづく

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